数字の進化

Pocket

 数発生論についての初歩を説明し、それを基礎として、ある論文によりもたらされた衝撃を解説する。

 昨年、世界言語学学会が開かれたイギリスで、今までの通説をくつがえす内容の論文が数発生論の分野で発表された。
 数発生論とは、数字の形態により、その土地や地方での文化発展を知ろうとする論である。

 まず、数字という物をその進化段階によって分ける。
最初は、単数複数や、「1、2、たくさん」といった「数字以前」であった。これでは、自分の指の数すら数えられないし、「桁」と言う物が存在しない。
これは、数字ではない。

 最も原始的な「数字」と呼べる形態をとった物は「源数文字」と呼ばれ、ギリシャ数字等がここに含まれる。

5と10とで記号が変化するのは、冗長に「I」が列ぶのを防ぐためであり、今日の日本で数をかぞえるときに「正」の字を書くことや、そろばんなどに源数文字のなごりを見る事が出来る。
また、人の指が5本2肢であるため、区切りが5なのである。このさい、足の指で数をかぞえるのは一般的でなく、また、4を「IV」とあらわすのは、実際に指を折ってかぞえるとわかるとおりである。
源数文字はまさに最も根本的な数字と言える。

 次に進化した形態は「前数記号」と呼ばれ、漢数字などがここに含まれる。

前数記号の特徴は、桁のあがった数も一字で表す所にある。すなわち、「十」や「百」がこれに相当する。これらは「桁数記号」あるいは略して「桁数」と呼び、その前に来た数記号の桁を示す。つまり、「二百=2×100」と言う意味である。
桁数の前が何もない場合、1を補う、という部分では全ての文明の前数記号に共通する。こちらの方が感覚的に理解し易く、文字に意味をもたせるという意味では優れているが、演算時には欠点となる。

 こう書くと桁数が無意味であるのがわかるだろうか。 分かりやすいどころか、見にくくなってしまっている。 これは、「256」を常に 「2×100+5×10+6(×1)」と表記するような物である。

 このため、演算の必要が生じた時代に「0」の発見がなされることとなる。
すなわち、桁数の放棄である。
そして、桁数を放棄し、代わりに「0」を導入した数字こそ、「算用数字」とも呼ばれる「真数記号」である。
これは、今まで感覚的に定められていた「1~10」という基本単位を、「この桁には割り当てられる物がない」という意味の「0」を含んだ「0~9」に改めた、いわゆる人工的な数字である。
最初の数字が1から0に変化したため、「桁数の前に数が無い場合」に補う数字は0になった。ここにきて初めて、数字は指の数という呪縛から逃れたといえる。

 また、真数記号が「記号」とされるのは、その記号性の高さにある。すなわち、0~9の十種類の記号でどんな大きな数であろうが表現できるのである。例えば、日本に於ける前数記号、すなわち漢数字では、一十百千万億京……と桁数を覚えねばならず、また、あまりにも大きな桁は(純数学的な目的以外は)必要ないので、桁数自体が存在しない大きな桁がありえる。
実際、漢数字では「不可思議」が最大桁数であり、それ以上は「無量大数」、すなわち数字以前で言うところの「いっぱい」になる。
その点、真数記号であれば、誰でも、どんな大数でも表現可能である。
(小数、虚数、負数等は純数学的な数であるので、真数記号の発生後にしか存在しない。このため、ここでは「0以上の整数」、すなわち0と自然数しか論じない)

 このように進化していった数字であるが、全世界が同時にこのような進化をしていったわけではない。
当然、源数記号すらない文化に、外来の真数記号が入ってくる場合もある。日本にアラビア数字が入ってきたのもそのような「文化の接触による数字の流入」の一例であるといえる。この流入によって、そろばんの1を表す玉の数が5から4に減じた事は説明の必要もあるまい。

 また、そのことで、文化自体に大きな変化を与える事もある。
ラテン語を始めとする、ヨーロッパ系の言語では、言語(=文化)が固まる前に外来の真数記号が入ってきた故の「言語の変化」を見る事が出来る。

わかるであろうか?本来、英語での一区切りは12、つまり12進数であった。すなわち、英語に於ける本来の桁数はダース(12)であり、グロス(144=12×12)であったのだ。
そこに、10進数の真数記号が持ち込まれた。「oneteen」や「twoteen」では無いのは、概念上は12進数であるからである。しかしながら、表記上では10進数であり、10-11間、12-13間にそれぞれ表現の変化が見られるという、大変奇妙な状態となった。

 地球的にみて、12進数を用いる文化は少なくない。
時間の区切りはほぼ例外無く12時間×2の24時間を用いられるし、中国に見られる「干支」などもそうである。
干支は、「十干」と「十二支」からなり、60通りの組み合わせを表現する(12×10ではなく、10周期と12周期の組み合わせのため)。これは、10進数文化と12進数文化の融合であるといえる。

 これから解るように、ヨーロッパから西アジアに住む人々の祖先は6本指であったと今までは考えられていた。そう、先日発表された新説とは、すでに事実であると思われていたこの仮定を覆すものだったのである。
論文の主旨と直接関係ないのだが、古代における先祖の指の数は断言できないとしながらも、驚異的な結論を導き出している。つまり、古代では指は「4本」しかなかったと言うのだ。

 この論文、「The language what have five finger」(「五本の指を持つ言語」とでも訳すべきだろうか)は、主に指を使った数え方に注目したものである。
この中で、1を表現するのに3種類、すなわち「親指を折る、親指を立てる、人差し指を立てる」があるとし、「人差し指を折る」という行為が何故存在しないか、多方面から論じている。その中には、日本語に於ける「指折り数える」と言う表現にも言及されている。
そして、他人に数を理解させるためには立てる方がわかりやすいとしながらも、「何故、端の指でない人差し指を立てるのか?」という疑問には「親指(thumb)は指(finger)ではないからだ」と答えている。すなわち、古代人は親指を持たなかったというのである。

 指が4本しかなかったという根拠として、ダース単位とならんで西洋ではよくみられるハーフ単位をあげている。
25セント硬貨という存在があるように、ハーフ(1/2)、クォーター(1/4)と物を分けるのは一般的であるとされている割に、1/8には特別な扱いはされていない。すなわち、「4」が特殊な数だった、と言うのである。
また、補足的に、「表記上繰り上がり桁」についても述べている。たとえば、日本語に於ける繰り上がり桁は5(一、十、百、千、万ときて、十万、百万……と続く)であるが、英語での繰り上がり桁は4(「1,000,000」このように表記され、桁数記号類型単語はthousand million billion……)である。
そして、指の数に関する部分の結論として、古代西洋人は「4本の指を持つ上肢が3本あった」としている。

 この結論のため、会場は騒然となった。
本題の部分ではなく、この部分のみにおいて一躍有名となった発表者「Togather Kovap」氏は、「この程度の結論に達した者が、何故今までいなかったのか不思議でならない」と述べており、彼にとっては至極当然の結論であったと語っており、論文の本題である「5を区切りとする特殊な言語についての考察」が軽視されていることに不満の声を漏らしたという。

 言語学のこの分野は既に固まって安定していたと思われていたが、この発表によって活気づき、今後の情勢が興味深いところである。

Comments are closed.